【創作文章】「それはある日」【読み切り】

 

どーも! 創作が大好きなしきりんです。

物書きとしては極めて未熟ですが、アマだから多少は良いだろうということで思い切って作品を公開してみることにしました。気軽に読めるよう目指したものです。雰囲気だけでも楽しんでいただけると幸いです。

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作品について

・テーマ
「奇跡はいつも、あきらめない人を探している」

・超簡単なあらすじ
少女と少年のある日の出来事

・ジャンル
剣と魔法のファンタジー(たぶん)

・タイプ
読み切り。続編はありません。

「それはある日」(本編)

1

今日の天気、快晴。
町を明るく照らす太陽は既に真上を越して傾きつつある。
ふわっと風が吹いた。窓から入ってきた風は、橙色のバンダナと淡く蛍光な黄緑の背ほどまである髪を揺らした。風に誘われて空を見上げる。美しい青空が視界いっぱいに広がった。

……この空をスープにして、雲を添えて、虹色のスパイスを加えれば、天まで昇るほど美味しい物が作れるかもしれないなー。

窓から見えた空を見てそんなことを考えた。

「よし。」

聞き慣れた男性の声が聞こえて振り返った。
木製のテーブルとイスが数個、カウンター席にイスが数個。大きくはないが小さくもない酒場のような印象を与える。実際酒場と大して変わらないのだが、店主本人は食堂と言っている。

「しばらく客数も減るだろう。適当に体動かして来い。」

太い声で話しかけたのは、この食堂の店主こと自分の父親だ。背が高め、筋骨隆々、立派な筋肉を強調する褐色肌。話しかけるなら多少の勇気がいる外見だ。そんな外見とは裏腹に、手先の器用さと意外な人脈でこの食堂と言い張る店を経営している。自分も店員として手伝いをしている。そして料理も同時に学んでいる。父親の料理の腕はとにかく凄い。どんなものでも美味しく作ってしまう。自他共に凄く評判が良い。

……なんだけどなぁ。

ちらっとカウンターにいる父親の後ろを見る。父親の後ろに見える物。それは、持ち上げるのも一苦労しそうなほどの大きさを持つ剣だった。若い時に冒険者をしていたらしい。本人は店を荒らす阿呆がいつ来ても対処できるようにって言っているが……。

……そんな物、堂々と立て掛けてあったら誰もやらないと思う。

いつ何度見てもそう思った。
そんな大剣は見なかったことにして、店の片づけをさっさと終えて店の奥へ引っ込んだ。と思ったら軽い足取りですぐにその姿を現した。

「釣りしてくるぜ!」

釣竿を掲げながら小走りで店の外へ歩を進めた。

「おぅ!暗くなる前に帰って来いよ!」

店を出たところで父親に声を掛けられた。

「わぁってるって!」

そう答えてそのまま出かけようとした時。ふと目の前に見覚えのある人が立っていた。その人にとっては意外だったのか、こちらを見て驚くような動作が見えた。

「ん、アインスじゃーん。」

そのアインスはしばらく驚いたまま固まっていた。
身軽な服装をした一人の少年。茶や灰などの色で占められている。あまり明るい色は好みではないようだ。腰に片手で扱えそうな黒い物体が見える。確か銃って言ってたっけ。この国では既に失われた技術で出来た物だって言っていたような。まあそんなことは置いておいて。

「どっか行くのか?」

目をぱちくりさせながら言うと、アインスがふっと軽くため息をついた。

「それはこっちが聞きたい。」

落ち着いた様子で聞き返された。その問いに自分の持つ釣竿を見せる。

「釣りに行くぜ!」

堂々と答えた。アインスがその釣竿を半信半疑の目で見た。そして何かを察したか、向き直して言う。

「俺も付き合う。」
「おっ、行けるのか。それは良い!一人より二人の方が面白いもんな!」

青い空にはとても映える橙と白の服、淡い蛍光の黄緑で光沢がある三つ編みの髪が楽しそうに揺れる。
嬉しくて思わずスキップしながら町の郊外を目指した。

2

町を出てすぐのところに小さな川がある。ここなら遠くも無いし、危険な動物なども居ない。時々ウサギが跳ねたりする様子が見られる。

「とーぅ。」

餌を付けた釣り針を川の真ん中の方を狙って投げる。ぽちゃん、と小さく水面が跳ねた。
巧く投げれた。後は釣れるのを待つのみ。アインスと並んで座りながらその時を待つ。

「なぁヒスイ。」

呼ばれて振り返る。アインスが疑いの眼差しでこちらを見ていた。

「それで釣れるのか?」

その言葉で二人の視線が釣竿に集まった。木製の釣竿で、丈夫な糸が付いている。リールもある。ただ、強いて言うならその釣竿は玩具だった。
そもそも本気で釣りをする気があるのだろうか。釣ったものを入れる入れ物がないというのに。

「釣れるさー。」

ヒスイは上機嫌で釣りを続ける。アインスはあまり信じてはいないようだ。

……今日は暖かい日だ。このまま眠れるんだろうな、普通の人は。

と、ぼんやり思った。
ヒスイは睡魔との縁がまるで無い。何が原因かは知らないが不眠症なのだ。ここのところ満足に寝れていない。そうだからか、こんな気持ち良い陽気の中で眠れないのは損だなーなんて思ってみた。が、今日は一人じゃないし良いやとそんな気分はすぐに消えていった。
ぼーっとのんびりとした時間が流れる。

「そう言やぁ今日は依頼が無かったのか?」

ヒスイがアインスの方へ振り向いて何気なく問う。問われたアインスは少し考えて。

「まぁな。」

寂しそうに答えた。その声と同じ寂しげな表情が見える。
アインスは冒険者だ。騎士団に集まる依頼をこなす。ただ、まだまだ経験不足だし、何より一人でやっているので出来る範囲は容易に想像が付く。

「悪いヤツには見えねぇのになぁ。」

アインスを覗き込むように見ながら不思議そうにヒスイは言った。

「親が犯罪者でも子供が同じだとは限らないんじゃねーの。世の中不思議なもんだ。」

そう言いながら釣竿に視線を戻して釣竿を少し動かす。まだ何も食いついていないようだ。

……

親が名の知れた犯罪者だったアインスの幼少期は逃亡生活だ。人々の視線を気にし、それらから逃れなければならない、ずっと緊張した時間。子供であるアインスに選択権など無く、ただ親に従うのみ。食事もまともに取れず、結局飢えで盗みに入ったところで捕まった。騎士団に連れて行かれ、アインスはそこで親と別れている。親がどうなったかは知らない。それは考えている場合ではなかった。一旦保護の形を取ってもらったものの、いつまでも養ってくれるわけではない。それに、騎士団に行き来する人々からの冷たい視線が辛かった。「あいつは犯罪者の子供だ」と。
だから冒険者は良い道だった。騎士団所属の職業と言うこともあってそれなりの生活は保障されるし、良くも悪くも幼少期に覚えた盗みと銃の技は金になる。何より依頼を請ければ、少なくとも依頼主はこちらを冷たい視線では見ないだろう。期待を寄せてくれるはず。そうだったはずなのに。
冒険者になってもずっと一人で、誰からも相手にされなかった。冒険者の誰もがアインスの親の事を知っているのだ。依頼もペット探しだの落とした財布探しだの特別信用されることの無いものばかり。

「厳しい世の中だ。」

嘲笑交じりでアインスが言った。過去はあまり良い思い出ではない。

「あんだけ美味そうに食ってくれるヤツなんかなかなかいないのに。」

ヒスイがアインスの方を見て笑った。何が恥ずかしかったのか、顔に火照りを感じながらアインスは視線を逸らした。そして、ふと思い出す――

……

特に何か用事があるわけでもなく、町を彷徨うように歩いていた時があった。
陽も落ちて周りが暗くなる頃。偶然見つけた店があった。様子は酒場のようだが看板は食堂と言い張っている。そこから聞こえてくる楽しそうな騒ぎと明るいライト。非常に惹かれた。だが足は動かない。知っているのだ。あそこに自分の居場所が無いことも、払える金が無いことも。
諦めをつけ、ようやく通り過ぎようと思った時。

「おっ、お客さんか?まだ席は開いてるぜ。」

笑顔で店から出てきたのは背の高い女性だった。淡い蛍光な黄緑で光沢のある髪がライトに照らされてキラキラと輝く。店員なのか調理師なのか、どちらにも当てはまるような橙と白の二色で構成された服だ。
その女性を見て返答に困った。正直客になりたいが、そんな金は無い。しばらく黙り込み、どうしようか模索していた。
その女性がなかなか戻らないからか、中で騒いでいた人々が店の入り口の方を見た。

「譲ちゃんそいつは止めておけ。」

笑いながら三十台に見える客の男性が言った。
びくつきもしなかった。アインスからすればもうそれが日常だから。

「犯罪者の子だから触らない方が良いと思う。」

ぐいっと酒を飲んで静かに客の女性が言った。
いくら日常でも間近で聞くとやはり心は痛い。その客から顔を背ける。
「ふーん……。」と言いながら店員の女性はじろじろとアインスの全身の色々な場所を見る。
凝視されるのは良い気分ではない。それに拒絶する人も居る。さっさと帰ろうと思った時、ガシッと両肩を掴まれた。予想外のことに身体が一瞬飛び跳ねるくらい驚いた。

「一つだけ聞く。」

非常に真剣な顔だ。何を言われるかとドキドキする。

「腹、減ってるか。」

……当たり前じゃないか。

と思わず心の中で言った。騎士団でとりあえず食事はできるものの、栄養はあるかもしれないが味や温かさと言ったら別問題である。

……事情を知らない人からすれば分からないことなのだろうけども。

とも続けて思った。
どう反応しようか悩んでいた時、ぐぅ~っと情けない音が腹から。
それを見て、女性がニカッと笑った。

「腹減っているな!よし、じゃあお客さんだ!」

バシバシとアインスの背を叩きながら押し込むように店へと促す女性。そのままカウンター席へ連れられた。そして特に何も言わずに店員の女性はカウンターの奥に行ってしまった。周囲の冷たい視線が手に取るように分かる。その上、店の奥に引っ込んだ店員の女性はなかなか戻らない。

……帰ろうかな……。

と考えた時、狙ったかのように店員の女性が出てきた。
どーんと目の前に料理が置かれた。何の料理かは分からないが、肉や野菜がとても美味しそうに盛り付けてある。上手く盛り付けてあるからだろうか、皿の大きさの割には量が多く見える。

「いっぱい食えよ!」

前歯を見せて女性が笑った。何をどう思っているかは知らないがとにかく嬉しそうだ。
払う金が無いのは分かっていたはずなのに、目の前に置かれた美味しそうな料理の魅惑に惹かれて一口。また一口。そうしている間に気付けばあっという間に食べ終えていた。

「おー、良い食いっぷりだな!嬉しいぞ!」

その笑顔は今まで見たどの光よりも明るい。
ふと気付いたら店が静かになっていた。振り返ると、そこには誰もいなかった。ただ、テーブルの上に空いた皿やグラス、代金と思われるお金が置かれているだけ。

……さっきまでの客は……。

その理由と原因に気付いて、立ち上がった。女性は視線だけ追いかける。

「俺のせいで客が逃げたな。ごめん。」
「何かしたかー?」

女性は客が居なくなった原因が分からないようだ。言うか言うまいか少し悩んで、決心する。

「俺は犯罪者の子だから。」

自分で言っておきながら、その現実はつらい。「ふーん。」と他人事のような返事が返ってきた。まぁ他人事だろうけども。

「お前が何か悪いことしたのか?」

してはいない。だがそれを言うのは何だか言い訳にしか聞こえない。無意識に黙り込んでしまった。

「してそーにねぇな。できそうに見えねぇ。」

何が楽しいのか笑いながら言った。こちらは馬鹿にされている気分だ。もう嫌だ帰ろう……。

「ところで、料理はどうだった?」

自分の表情が険しくなったのが分かった。食事をしてしまった。払う金は無い……。

「美味かったけど……。」
「けど?」

女性は続きを今か今かと待っている。人からの視線で冷たい視線以外を感じたことが無かった。その期待のこもった視線が嬉しい半分恥ずかしい半分。もう少し感じていたいなとか思ったのを振り払って、財布を取り出した。その財布を店員の女性がカウンターから身を乗り出して、ぱんと挟むように叩いた。手応えは……言わずもがな。

「おー、無いな!」

はっきりと言われた。

「払えないんだ……。」

自分で言っていて非常に情けない。食い逃げするわけにはいかない。それこそ本当に犯罪者になってしまう。金額分だけアルバイト……は別に悪くないかもしれないが、それではいつまで経っても冒険者としての腕は上がらない。どうしようか悩む。

「そうか、美味かったか!それは良かった!」

女性が満足そうに笑う。話をちゃんと聞いていたのだろうか。
女性がカウンターから出てきてアインスの近くに立つ。

「腹が減っているヤツを放置なんかできないぜ。」

財布を戻すように促しながら、女性はぽんと一度アインスの肩を叩いた。

「これは私が誘ったもんだ。だからそれは良いぜ。」

そして、女性はアインスを改めて見る。

「何だか周囲からの評判は悪いみたいだが、悪いヤツには見えねぇ。また腹が減って困ったらいつでも来いよ。」

女性のその笑顔がアインスには女神の微笑のように思えた。こんなに優しく、暖かい気持ちになったことは無い。感じたことの無いものを受けて戸惑っていたら、ぽんぽんと肩を軽く叩かれた。顔を上げると、強気な笑顔の女性が見える。

「私はヒスイだ。お前は?」

名前、なんていつ振りに言うだろう。

「……アインス。」
「そうか!アインスか!」

他人から名前を呼ばれ、少しドキッとする。親と騎士団の騎士にしか呼ばれたことが無い気がする。

「お?」

店の奥から体格の良い男性が出てきた。褐色肌が筋肉を魅せる。雰囲気が何処かヒスイに似ている。親子関係か何かだろうか。

「友達か?」

男性がヒスイに聞いた。友達と言うほど会ってはいない。だが、ただ客だと言われるのも何処か寂しい気持ちがした。半ば期待を持ちながらヒスイの返答を待った。ヒスイは笑って、右手の親指をぐっと立てた。

「友達だぜ!」
「そうかそうか。もう外は暗いから帰り道は気をつけるんだよ。」

と言って奥に引っ込んだ。と思ったら顔だけ出して「話が終わったら手伝ってくれ。」と言って引っ込んだ。
「分かったぜー。」とヒスイが返事して、アインスを見た。
冷たい視線しか感じたことが無かった。だけどヒスイの視線はそうじゃない。むしろ会って間もないのに友達だと言ってくれた。嬉しいけど、何処か恥ずかしい。様々な感情が混ざり合って、何も分からなくなって放心した。

「おー?大丈夫かー?」

言われてハッとする。大丈夫であると言う意味で頷いた。

「また今度色々話そうぜ~。」

ヒスイの暖かな言葉と視線に戸惑いと喜びを感じながら店を出た。夜は肌寒いはずなのに、ちっとも寒気は感じなかった。

……

「あぁ……そんな時期もあったな……。」

アインスが照れくさそうに応える。そして、さらに思い出す。

「あれから無茶苦茶だったな。無料で食べていた料理が実は試作品で俺を実験体にしていたとか。」
「良いじゃん。毒じゃないし。」

ヒスイがさらっと流す。
アインスはヒスイがそう言う人であることを、あれから一ヶ月ほどで知った。だから、その答えが予想通りで思わず笑みがこぼれた。

「実際美味しくなかったことは無いな。」
「だろー?」

あははと豪快に笑うヒスイに控えめに苦笑するアインス。
そんな雑談と共にぽかぽか陽気の時間がのんびりと流れた。

3

そろそろ空が朱に染まるか。そんな頃だった。

「おっ!」

ヒスイの持つ釣竿が大きく軋む。本日初の当たりだ。
急いで立ち上がり、身体を持っていかれないように両足で踏ん張りながら、ぐっと玩具の釣竿を持って糸を巻いていく。

「でっけぇの来た予感!」

水を強く波打ち弾くその様子は、大物である期待をより膨らませる。引きが強く、なかなか上がらない。少し戸惑ったが、後ろから抱くようにアインスも加勢する。

「せぇーのっ!」

ヒスイの掛け声と共に勢いをつけて一気に引っ張った。ばしゃあと川から大きい影が飛び出した。

「……。」

アインスは黙って川から上がってきた物を見ている。
ヒスイが「おー!」と感嘆の声をあげる。

「でっけぇ魚だな!」

その魚は口に引っかかった針を痛いながらも一生懸命取ろうとしているように見える。
アインスはその魚を知っている。だから無言である。だが、ヒスイはそうではないらしい。

「んー……これ、食えるのか?」

ヒスイが活きの良い魚を凝視して真面目に考えている。

「多分食えないんじゃないかな……。」

……そもそも食べようとは思わない。

そう心で続けた。
魚から手と足が生えてる。こんなものに食欲なんてわかない。ついでに棒状の骨のようなものを持っている。槍のように突けば痛いで済まされないかも知れない。

「そっかー。じゃあキャッチアンドリリースだな。」

そう言ってヒスイは魚に引っかかった針を外してやった。すると魚が真っ赤になって立ち上がった。何か言っているが、人の言葉として聞き取れない。何て言っているかは分からないが、怒っているのは確かだ。

「まぁまぁそう怒るなよ。なっ?」

ヒスイは宥めようとしているが、その行動が余計煽ったのか、魚が突然持っていた棒状の骨を振り回してきた。予想外の動きにヒスイは付いて行けない。咄嗟に釣竿を盾にしてみたものの所詮は玩具、すぐに壊れてしまった。だがおかげで致命傷にはならなかった。あまりに驚いて放心したか、ヒスイがその場にぺたんと座り込む。

……これでは話にならない。

アインスが冷静に腰の右側に収めてあった銃を引き抜き、活きの良い食べれないであろう魔物の魚とヒスイの間に素早く割り込む。そして、落ち着いた様子で魔物の魚に向かって発砲した。雷よりも早い銃弾は魔物の魚に命中、その足を折れさせた。そして、動かなくなった。
その様子を十分に確認してから銃をホルスターに収め、後ろへ振り返り座り込んだヒスイの様子を見る。見た所大きな怪我は無い。折れた釣竿のせいか向こうの攻撃のせいか、腕に少し切り傷が見える程度だ。安堵のため息が出る。
その安堵した様子を悟られぬよう感情を殺して、ヒスイに手を差し伸べた。ヒスイはそれに気付いて手を取り、立ち上がる。――その瞬間だった。
アインスの身体がびくんと跳ねた。
ほんの少し遅れて、左の腹から焼けるような熱と激痛を感じた。反射的に自身の左の腹を見る。腹を掠め抉るように何かが貫いている。それが先程の魔物の魚が持っていた棒状の骨であることに気付くのは少し時間がかかった。

……倒したと思ったのに!

音にもならない舌打ちと同時に後ろへ振り返り、素早く銃を引き抜いていつの間にか立ち上がっていた魔物の魚を精確に撃ち抜いた。二度も撃ち抜かれた魔物の魚は撃ち抜かれた衝撃で川に落ちていった。

……今度こそ、倒した……。

落ち着いて再び銃をホルスターに収め、ヒスイの方へ振り向く――その前に。全身から力が抜け、その場に崩れるように倒れた。

……

「アインス!?」

ヒスイが悲痛な声でアインスの名前を呼びながら駆け寄る。うつ伏せに倒れたアインスは何も答えない。

……あんな物が釣れるとは思っていなかった。どうしよう……このままじゃアインスが……。

助けを呼びに行きたいが、その間アインスは一人だ。もし仮に何か出てきたら対処は出来ない。でもこのままじゃどうにもならない。

……どうしよう……!?

最善の答えを探るがいくら考えても分からない。こうやって考えている間もアインスから命が流れ出てしまっている。

……考えているだけじゃダメだ!とにかく行動しないと!

――手遅れになる前に。耳障りなほど高鳴る心音と身体の震えを感じながらヒスイはアインスの身体を動かし過ぎないように気をつけながら背負った。そして町に向かって一歩前進する。ふらっと身体がふらついた。
アインスの身体は思ったより重かった。バランスを取るだけでも大変だった。

「っ、うっ……。」

背後、耳元にアインスの苦痛の声が聞こえた。

「ごめんアインス!ちょっとだけ我慢してくれ!」

一歩、もう一歩、ふらふらとふらつきながら町へと前進していく。
背後に感じる重さはぐったりとして力がまるで感じられない。ふと、腰の辺りが濡れている感覚がした。それがアインスの流している血であると理解するのに時間を要さなかった。

……早く!早く町に戻らないと!

底知れぬ不安に煽られ、自然と足が急かされる。ふらついていることを知りながらその足を速めた。ぐらっと身体が横に大きく揺れた。急いで体勢を立て直そうとしたが。

「あっ!?」

ばたんとその場で盛大に転んだ。両手がふさがっていたのでまともに受身が取れず、口の中に軽く土が入り込む。

「うっ――!」

アインスの声に急いで顔を上げ、その姿を探す。すぐ横でアインスが傷口を押さえながら仰向けに転がっていた。

「あっ、あっ、ごめ――!?」

急いで身体を起こし、アインスを見て……絶句した。苦痛に歪むその顔に血の気が感じられなかった。ほんの少し前まではあったのに、今ではすっかり無くなっている。

……このままじゃアインスは……、――っ!!

再びアインスを背負おうと手を伸ばすが、その手は大きく震えてまるで力が入らなかった。

……震えてる場合じゃない、のにっ!!

どんなに強く想っても身体は応えてくれない。むしろ身体の震えは大きくなるばかり。

「――っ!アインス!しっかり!」

その名前を必死に呼びながらアインスのすぐ横に座り、バンダナを外して両手で傷口を押さえつけた。止血目的で傷口に押さえつけた橙色のバンダナはすぐに赤く染まった。それを見た瞬間、身体が一瞬で凍りついたように固まった。

「――っ!!あっ……あっ……、――っ!!」

様々な感情があふれ、駆け巡り、そして――限界を、超えた。

「あっ……、あああっ!!アインス!アインスッ!!死ぬな!死んじゃやだぁ!!」

身体を震わせながら仰向けに倒れるアインスに泣きついた。バンダナ越しだというのにすっかり赤く染まった両手に顔をうずめながら懇願するように大粒の涙を流す。
ヒスイのその様子を見ているはずのアインスは声を発することなくただ苦痛に顔をゆがめながら傷口を押さえて震えている。

……ああっ!誰か!誰かっ!神様でも何でも良いから誰かアインスを、アインスを助けて――っ!!

何もできない自分が悔しい。泣くことしかできない自分が悔しい。力強く目を閉じてもあふれて止まらない涙。その涙と同じく感情もあふれて止まらない。

……私に出来ることがあるなら何だってする。何だってするから――っ!!

ぐっと両手に力がこもる。そんなことをしても止血が促進されるわけじゃないと知りながら、それでもやらずにはいられなかった。己の無力さを感じながらただ時間だけが流れていく。

――それは、突然だった。

ふと、閉ざしていた視界が急に明るくなった。思わず顔を上げる。
純白に近い淡い緑色の光が何処からともなくあふれていた。いや、何処からともなくなんてことは無い。よく見れば、自分の両手からあふれていた。その光はアインスの傷口に優しく触れて――

「……ヒスイ……?」

今まで苦痛の声を漏らすことしかできなかったアインスが口を開いた。

「っ!!アインス――!!」

思わずがばっとアインスに抱きついた。「っつ!」と言うアインスの声で気付いてぱっと身体を離す。

「ご、ごめん。つい……。」

謝りながら身体を起こそうとするアインスに手を差し伸べて……その手がすとんと下ろされた。

「ヒスイ!?」
「あ、はは……アインスが無事って分かったら何か気が抜けちゃったぜ……。」

ひらひらと差し伸べようとしていた手を振りながら困ったように笑った。アインスはその様子に困惑と安堵の両方の気持ちを感じながらゆっくりと立ち上がった。そして、何処か遠慮がちに手を差し伸べた。そのアインスの手を取って時々ふらつきながらも立ち上がる。

「……ヒスイ。」

アインスがふっと口を開いた。

「……助かった。……ありがとう。」

視線をそらしながら何処か恥ずかしそうにぼそっとつぶやいた。その言葉にはっとした。

「あ!?そうだ、何で助かったんだ!?」
「え……。」

驚くヒスイに逆に驚くアインスが落ち着いた様子で答えた。

「治癒魔法だろ……?」

すっかり治った傷に触れながらさも当然のように言う。
アインスにとって魔法は珍しいものではない。魔法を使って活躍する魔法士の冒険者の話は冒険者をやっていれば何度も耳にする。とはいえ、普段から一人で行動しているので魔法を直接見るのはこれが初めてだったりする。だから確認の意も込めてそう答えた。

「おお!?これが魔法なのか!」

魔法を使った当の本人は何か新しいものを発見した子供のように目を輝かせた。

「今まで何度練習しても全っ然使えなかったのに。そっかー!私も魔法士になったかー!」

その目を輝かせたまま、アインスの方へ改めて振り返り、じっとその目を見た。何の曇りも無い瞳に思わず魅せられたアインスは視線をそらせないまま同じくじっと見つめた。ほんの少しの間のことなのに流れる時間が遅く感じる。

「じゃあ私も冒険者になってアインスのこと守れるな!」

いつか見た笑顔で笑って見せた。
その言葉に一瞬固まったアインスが一度だけ首を横に振る。

「違う。俺がヒスイを守――」

そこまで言って自分が何を言いかけたかに気付いたアインスは顔を真っ赤にしながらヒスイから顔をそらした。

「お?今何て――」
「何でもない!」

ヒスイの問いを秒で返した。アインスは目を泳がせながら顔を空へと向ける。

「それより、そろそろ日が暮れる。」
「やっべ!早く戻らねぇと!」

川の方へ振り返り、壊れた釣竿を探す。すぐに見つけて、駆け足で拾いに行った。釣竿を拾いに行ったヒスイの背中を見て、腰の部分が赤に染まっているのをアインスは見た。
拾いに行った時と同じ駆け足でヒスイがアインスのところに戻ってきた。

「よし、帰ろうぜ!」
「ああ。」

二人の足先が町の方へ向き、急ぎ足で進んでいく。服を汚してしまったことについて謝るアインスに洗濯すればいいじゃんと笑うヒスイ。二人が町の門をくぐる頃、夜はすぐそこまで来ていた。

4

翌日。その日も見事に快晴だった。
いつも通りの食堂の風景が今日だけ違った。
ヒスイが鼻歌を歌いながら店の奥から姿を現す。いつも通りの服装にベルトポーチが追加されていた。

「アインスまだかなー。」

そう言いながらチラッと店の入り口の方を見た時、狙ったかのようなタイミングでアインスが姿を現した。

「おー!アインス!待ってたぜ!」

笑顔でどかどかとアインスに近付く。アインスは一瞬驚く様子を見せたものの、すぐに落ち着きを取り戻した。そんなアインスに構わずヒスイが続ける。

「身体の方はもう大丈夫なのか?」
「ああ。おかげさまで。」

傷があった腹部をちらりと見ながらアインスが答えた。「それは良かった!」と笑うヒスイを覗き込むように見やりながらアインスが遠慮がちに口を開いた。

「なぁヒスイ。本当に良いのか?本当に――冒険者になるのか?」
「当然だぜ!」

ぐっと親指を立てて笑って見せた。

「あの後ちょっと練習したら防御魔法も使えるようになってさ。魔法の盾で守れるようになったぜ!」

そう言ってくるっと店の奥へ振り返る。

「それもあってか、親父も許可してくれたしさ。ま、親父は私が魔法使えるようになったら一度は冒険者やってみろって初めから思ってたみたいだけどな。何事も経験なんだってよ。」

そこまで言って再びアインスの方へ振り返る。

「だから全然大丈夫だぜ!」

眩しいくらいの笑顔だった。心地良いと同時に身体に火照りを感じてアインスは思わず視線をそらした。

「よし!行こうぜ!」
そのアインスに気付いていないのか、ヒスイは笑顔のままアインスを外へと促した。その勢いのまま二人は外へと歩を進める。

「お、そろそろ行くのか?」

店の奥からヒスイの父親が出てきた。そして、外に向かって歩き出す二人を追うように食堂の入り口まで一緒に歩いた。

「二人とも気をつけて行って来いよ!土産話、待ってるからな!」
「おぅ!行ってくるぜ!」

父親の見送りを背に感じながら二人は町へと歩き出す。

これからどんなことが起こるか分からない。どうなるか分からない。だけど。

……こいつとならやれる。何が起こったって、絶対頑張れる。

どちらが先にそう思ったのだろうか。同じことを思っていたとは知らずに、二人は並んで一歩、また一歩と歩き出す。

――それは、ある日の出来事だった。

さいごに

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ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。そしてお疲れ様です。

たとえ物書きとしては未熟だったとしても、雰囲気さえ伝わればそれで良いから。

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しきりんのじゆうちょう

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