【思うこと】Twitterの絵師界隈について思ったこと

絵描きを自称していたしきりんです。
絵を描いてはTwitterに投稿する日々を過ごしていた自分が絵師の世界で過ごして感じたことを書き連ねているだけのページです。

絵師や絵を描くと言う行為に幻想を抱いている人は読まないことを強くおススメします。

以下の内容は全て自分が体験したことです。それ故に、自分個人の感想や思想と言う部分が強いです。全ての絵師に当てはまる内容ではありません。

※2022年3月頃の話です。

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事前知識

自分が絵描きを自称していた頃、自分はとあるコミュニティに所属していました。そこでは一次創作(オリジナル作品)を主にして活動していました。
自分も一次創作で参加しました。白くてもちもちとした不思議な生き物「まるっこいの」と人間キャラ絵を描いていました。

まるっこいのはこのブログのマスコットで見慣れている通り、描きやすくて得意な方です。一方で、人間キャラ絵は世から見て技術的に上手な方ではありません。後述で少し触れますが、一時期、真面目に勉強したことがあります。

以下の体験談で話す絵の内容は基本的に人間キャラ絵の話になります。

謎ルール

とあるジャンルの絵を描いていた絵師はいつも「このジャンルはマイナーで需要が無いから供給が無い」と嘆いていた。同時に「何でも良いからこのジャンルの絵が見たい」とも言っていた。

だから自分はそのジャンルの絵を描いた。需要があるところに供給した。ただそれだけなのに。
嘆いていた絵師はこちらの絵を見て言った。

「このジャンルのことが好きじゃないなら絵を描かないで欲しい。」

はー???何で描いたらダメなんですか?ちょっと何言ってるか分からない。

自分は描きたいと思ったものを描きたい分だけ描くスタイルだ。その絵も描きたいと思ったから描いただけに過ぎない。それ以上でも以下でもない。

どうも相手は好きと言う気持ちを込めて絵を描いて欲しかったようだ。たぶん。
だとすれば、とんでもない幻想を抱いているな。絵を見る人たちはな、そんなところなーんも見てないんだよ。

絵の細かいところを見ることも、絵から絵師の想いを汲み取ろうとすることも、そんなの全部絵師しかしないんだよ。普通の人はそんなことしないんだよ。普通の人は本人にとって気になったら少し目を留める程度でそんなにじっくりと絵を見ることなんてしないんだよ。

絵をぱっと見た時に自分の意図した印象を与えられればそれで良し。それ以上を求めても意味など無い。

この方法で供給されるのは気に入らなかったようです。恵んでもらったとでも思ったんですかね?
仮に本当にただの恵みだったとして、自分が描いたその絵がその絵師にとって好みだったら何の問題も無く喜んでいたんだろうね。

何でも良いからそのジャンルの絵が見たいって言っていたくせに、実際のところは何でも良いのではなく、技術力と表現力がある高いクオリティのそのジャンルの絵が見たかったわけだ。

なればこそ、こちらに「絵を描くな」と言うのであれば正確に言って欲しい。「お前のへたくそな絵なんか見たくないんだよ」ってな。きれいな言葉で取り繕っても無駄無駄。

そも、特定のジャンルの絵を描くことに対して、絵を描いて良い悪いのルールがあってたまるか。
誰がそんなことを決めた。何故従わなければならないのか。
意味が分からない。そんなルールを守ることに何の意味がある?それがそのコミュニティにいる為の条件だとするならば、自分はそんなの願い下げだ。だから今はそこにいない。

好きでないと絵を描いてはいけないって本当にどういう理屈なんだ。好きなら絵を描いて良いって本当にどういう理屈なんだ。

「描いた絵の内容」と「絵を描いた人」は何も繋がらないだろう?アレな絵を描く人は皆アレなのか?本当に不思議だ。

絵の練習

自分が所属していたコミュニティでは、一次創作のキャラ絵を描くことが当たり前だった。本人たちの大好きなキャラたちの絵を描いては皆に見せ合う日々。そこにいた人たちは口癖のように言っていた。

「もっと絵が上手になりたい」と。

はー???だったら練習すれば良いんじゃないんですかね?ちょっと何言ってるか分からない。

上手になりたいと言っているわりにはその手の練習をしていない。正確には練習をしているのだが、それはただ絵を描く回数を重ねているだけ。その練習は無意味なものだ。

練習と一言に言ってもやり方はいろいろある。そも、具体的に何の技術力を上げたいかによって実際に行う練習は変わる。ただ絵をたくさん描いて試行回数を重ねるだけじゃ全く意味は無いんだよ。それは慣れてちょっと早く描けるようになるだけだ。

技術力を上げるなら、それに関する資料と知識を外部から取り入れてくる必要がある。ただし、今のこの情報社会では情報がたくさんありすぎて何がなにやらになってしまう。そこで、練習する対象をひとつに絞り、特定の情報を収集して集中的に練習する。それを繰り返して向上を目指す。

下手だと思っている自分の絵の何処が下手かを把握し、その問題を解決する為の練習法を模索し、実際にその練習を繰り返し、ある程度したら実践して、最終的には身につける。

理想は高くて良いが目標は小さく。こつこつと練習を重ねて完成度を高めるしかない。面倒でもそうするしかない。これさえやれば誰でもプロになれるなんてものは無いんだ。

これを面倒くさがる人が多いこと。自分で作った一次創作キャラが好き過ぎて毎日のように絵を描いたり愛を語ったりするそのやる気があるのならば心が折れる要素なんて何処にも無いでしょうよ?本気で絵が上手くなりたいなら適切な練習をしろよ。面倒くさがるな。口じゃなくて手を動かせ。Twitterを開くな。

自分の成功で話すのはあまり良くないが、あえて話すことにする。
人間キャラ絵を描くのが絶望的に下手な自分ですら、自分の絵に対して技術的に足りない部分を探し、問題をはっきりと定義し、その問題を解決する為に必要な資料と知識を集め、実際に練習を繰り返し、ある程度のところで実践したら、絵がものすごくマシになったのだ。

左が練習を始める前で、右が1・2ヶ月程度練習した後に描いたもの。
これくらいは違う。あんまり変わっていないと思ったのであればそれはそれで構わない。

元が酷過ぎるとはいえ、練習期間1・2ヶ月程度でこれくらい改善するなら、年単位で練習すればきっとすごいことになっていたと思う。
こういう言い方はあまり良くないが、向いていない自分でこの程度なら皆はもっと上手くやれるって!

なお、自分は人間キャラ絵を描くことが恐ろしいほど自分に向いていないと理解したので、自分はそれ以上の練習を止め、以降、人間キャラ絵を描かなくなった。

※自分が見て分かった範囲の話をしているので、自分の見えないところでやっていた練習については知る由がないのでここでは話さないこととする。

以下、絵の練習で変わったところを述べる。興味の無い人は次の項目へどうぞ。

集中的に練習したのは「顔」の部分。練習である程度マシになっている。
輪郭=全体的に丸く横に広かったところを気持ち縦長に。
影=光源をより意識。服より髪の方が変化がある。
瞳=やたら小さかったのを大きくした。これでだいぶ印象が変わっている。
目(位置)=中央寄りだったものを外側へ。これでだいぶ印象が変わっている。
目(形状)=女性キャラ限定。描き方そのものを変えた。
鼻=男性キャラ限定。描き方そのものを変えた。
頬=女性キャラ限定。表現そのものを追加した。

以上。お付き合いありがとうございました。続きをどうぞ。

褒め言葉の意味

自分が所属していたコミュニティでは、一次創作のキャラ絵を描くことが当たり前だった。本人たちの大好きなキャラたちの絵を描いては皆に見せ合う日々。そこにいた人たちは息をするように相手の絵を見ては褒めあっていた。そして、同じ言葉と同じやり取りをしていた。

「私、絵が下手なのよねー。」「そんなことないよ!」
「もっと絵が上手になりたい。」「十分上手だよ!」

はー???誘導が露骨過ぎませんかー?ちょっと何言ってるか分からない。

毎回違う絵を見せているのに毎回同じ褒め言葉が返ってくる時点で世辞だって気付けよ。いや、本当は気付いているのかもしれない。だけど、世辞だとしても褒め言葉と言うものはやはり嬉しいものだから、その甘い言葉に魅了されているだけなのかもしれない。自分だって魅了されていた時期はあった。

絵師はすぐ世辞を言う。相手のことを気遣っているのではない。そうすることで自分を守りつつ自分の価値を上げているのだ。
本心で話さないそれはただの傷の舐め合いだ。全く互いの為にならない。そんな無意味なことをしなければいることが出来ないコミュニティならば、自分は要らない。だから今そこにはいない。

謎ルールその2

Twitter上における絵師の中では当たり前の話。
相互関係の絵師の新規絵や宣伝系ツイートをRT・いいねする。これを行わない場合、失礼に値し、相互関係が切られたりブロックされたりする。らしい。

はー???何でそんなことせねばならんのですか?ちょっと何言ってるか分からない。

自分がしたいと思ってする分は勝手だが、それをしないと失礼に値するとか本当に意味が分からない。誰がそんなルールを作ったんですか。何で従わなくてはいけないのですか。
そのルールの上でして貰うRTやいいねは嬉しいものなのか?自分は嬉しくないね。思ってもいないのにそんなことしてもらいたくなんかない。

FF外から失礼しますなどTwitterには謎ルールが多過ぎる。何だこの世界。ネットにまで変な常識作るなよ。

絵師と言う生き物

絵師は総じて妙な価値観を持っている。独自と言えば響きは良いその謎の価値観は、自分にとっては理解不能の領域だ。その価値観を否定はしない。あっても良いと考える。ただ理解出来ないだけだ。

絵師は独自の文化を持った種族だと自分は考えている。
自分はそれに成ることも仲良くなることも出来なかった。ただそれだけのこと。

さいごに

自分は絵を描くことが好きだ。自分は自分が描く絵が大好き。
絵師と言う名の絵を描く他者を理解することは出来なかったが、自分はこれからも自分の為に自分だけの絵を描いていく。ただそれだけの話。

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しきりんのじゆうちょう
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