社会問題をひとまとめ(十把一絡げ)にして考えたり解決しようとしてはいけないという話

どうも。ゲームの問題はレベル上げで解決しています、ふーらいです。

この記事はpixivFANBOXで先行公開していた記事を、読みやすくマイルドにしたものです。ブログでは公開できない内容も400字ほど追加、広告挿入なしで読めますので是非。


少し前「子どもの声は騒音か?」という記事が話題になっていました。

私個人の意見を言うと「子どもの声は現在の判断において騒音に該当する存在だが、特例により騒音として扱えない音である」です。

音量や振動などのみで判断すれば十分騒音なんですが、いや子どもの音を騒音って言い出したら人間社会回らんやろがい! って話ですね。有名なのはドイツのこの画像。

ただ、ドイツでも苦情がないワケではない点は注意する必要があります。
というのも、ドイツは法律により「子どもの出す声や音は原則騒音とは見なされない」と規定、保護しているためです。上画像元でもある詳しい記事のリンクを下記に載せておきますね。
なるほど、じゃあ騒音としては扱えないな!

 

終わり! 閉廷!!

 

 

――ではあかんよねって話をしたいんですよね(手のひらドリル

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問題は一律ではない

子どもの声と言っても、遊んで楽しくなり笑っている程度の声と、時折あるキーッとかワーッというタイプの奇声では意味が違います。

後者は近場でやられるとほとんどの人が目を閉じて耳に手が行ってしまうことでしょう。一例として動画を……というのは晒しになる可能性もあるので、YouTubeなどで検索してみてください。

音についても、例えばマンション住まいで室内において、スリッパを履いてカーペット上を走り回るのと、素足でフローリングをガニ股で走るのとでは発生する音も振動も異なります。

この場合はさらに親が放置してただただうるさいパターンと、親が対策しようとしてもスリッパを脱ぎ捨て、カーペットのない場所でジャンプするパターンでは心象が違ってきます。
(冗談みたいな話なんですが、子どもの中には「音がするのが楽しくてやめられない」という理由で、親の目を盗んで音を出す子もいるらしいです)

公園で遊ぶなと言う話になると毎回「子どもの遊び場がー!」って声が出ます。

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もちろん日中に普通に遊んでいるなら私も同感ですが、それがもし早朝や夜中に大騒ぎして、他所へ飛ばすタイプのボール遊びや花火などやり出すと話が変わるんです。

最近は外国人が大音量でラジカセ流しながら遊ぶという亜種型もいますし。あいつらなんで大音量を外で流すんやろなぁ……

そういうワケなので、とある問題(特に社会問題)がある時に「◯は□すれば良い」と十把一絡げにまとめてしまうのは、極めて危険で間違っています。

子どもの音なんだから我慢しろと言えないケースもあるし、逆に苦情主の聴覚異常といった病気の類が原因のケースもありえます。

マンションが鉄筋か木造か、保育園や公園がいつ、地元住民にどんな説明や背景があって造られたのか、そういう本当にケースバイケースによって解決法も異なってくるのです。

もちろん法律違反か否かというのは絶対的指標のひとつですが、法律的にどうかが曖昧なケースがあるからこそ、それを判断するために裁判があります。

パッと見ただけで法律的にどうかを判断できるケースばかりであれば、社会問題の苦労はありません。数学的に考えれば1+2=3ですが、まずそれが本当に1や2なのか、誰から見ても1であり2であるのかを証明しなければ、というところが問題解決には必要です。

大半の問題は法律などの絶対的な基準が適用できず、訴訟となれば証拠や費用など新たな問題が絡みだすからこそ難しいのです。

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せめて基準は欲しいと思う

今回の騒音で言えば、他人から見ても明らかに異常な数値に関しては基準があって良いとは思います。先の例で言えば3だったらアウトにはしてもらわないと、1とか2の証明以前に被害者は打つ手がないということになります。

一応、環境省には『騒音における環境基準』というものがあり、住居用地域では昼間55デシベル以下、夜間は45デシベル以下を基準値と定めています。

先に書いたとおり、基準を設けてもそれを適用できるかは難しいことが多いです。ほとんどの結論としてはお互いに相応の気遣いをして、なんとなく妥協出来るポイントで暮らしていくしかない……

……んですが、最近は人の気遣いに全力で乗り込んで我が物顔というケースも増えています。

彼らは「権利がある(許されている)なら可能な範囲のすべてを行使する」性質を持っています。譲り合いや譲歩などという概念はなく、法的にOKとなっている範囲のすべてを利用します。

個人的になんですが特に外国人の場合、権利とは戦って血を流してでも得るものであり、得たからには全力で振るう傾向があるように感じます。海外の文化の影響が強いのではないかと。

こうなると大事なのはやはり、明確な基準。この音量をこの時間帯に、規定時間以内に何回以上起こしているのであれば、被害者側がNGを出せるというラインです。

今まで両者のなんとなく、なぁなぁで片付けられていた部分というのは、もっと古い時代、文化や考え方の種類が少なかったから許されていただけだと感じます。

 

以上だ! また会おう!!

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